インサイドリスク対策と倫理考

内部不正対策成功の鍵:情シス・人事・法務連携による技術活用と倫理的配慮の深化

Tags: 内部不正対策, 部門連携, 情報システム部門, 人事部門, 法務部門, 倫理的配慮, セキュリティポリシー, リスク管理

はじめに

現代の企業活動において、内部不正リスクへの対応は喫緊の課題です。情報システム部門は、監視技術、データ分析、アクセス管理など、技術的な側面からこのリスク低減に貢献しています。しかし、内部不正は技術的な問題であると同時に、組織文化、従業員の行動、倫理観、さらには法的な側面が複雑に絡み合った問題です。そのため、技術的な対策だけでは不十分であり、人事部門や法務部門との連携が不可欠となります。

本稿では、内部不正対策における情報システム部門、人事部門、法務部門それぞれの役割を明確にし、これらの部門が連携することで技術活用と従業員の倫理・尊厳への配慮を両立させ、より効果的な対策を構築するための実践的なアプローチについて考察します。

内部不正対策における各部門の役割

効果的な内部不正対策は、組織全体のリスク管理の一環として捉える必要があります。情報システム部門は技術導入と運用を担いますが、その技術が従業員の活動に与える影響、法規制への適合性、組織文化への浸透といった側面は、他の部門との協働なくして最適化することは困難です。

情報システム部門の役割

情報システム部門は、内部不正対策の中核となる技術的基盤の構築と運用を担います。具体的な役割としては、以下の点が挙げられます。

情報システム部門は、これらの技術的な側面を担う一方で、導入・運用する技術が従業員のプライバシーや業務効率に与える影響を考慮し、必要に応じて技術的な調整や設定変更を行う責任も負います。

人事部門の役割

人事部門は、従業員の採用から退職に至るまでのライフサイクル全体に関与し、人的側面からのリスク管理を担います。内部不正対策における主な役割は以下の通りです。

人事部門は、従業員の行動や心情といった、技術だけでは捉えきれない領域を担当します。そのため、技術的対策が従業員のモチベーション低下や不信感につながらないよう、情報システム部門と密接に連携する必要があります。

法務部門の役割

法務部門は、内部不正対策に関わるあらゆる活動の適法性を担保し、法的リスクを管理します。主な役割は以下の通りです。

法務部門は、技術的な対策や人事的な施策が、法的に問題ない範囲で行われているかを判断する役割を担います。特に、従業員の監視や個人情報の取り扱いにおいては、プライバシー権とのバランスを考慮した法的アドバイスが求められます。

部門間連携による効果的な内部不正対策の実践

情報システム、人事、法務の各部門が独立して活動するのではなく、密接に連携することで、内部不正対策はより効果的かつ倫理的に実施できるようになります。

1. リスク評価とポリシー策定における共同作業

内部不正リスクの評価は、技術的脆弱性だけでなく、人的要因や組織文化、法的な制約も考慮して行う必要があります。情報システム部門は技術的なリスクシナリオを提供し、人事部門は従業員の行動パターンや組織の課題、法務部門は潜在的な法的リスクや遵守すべき規制に関する情報を提供します。これらの情報を統合することで、より網羅的で現実的なリスク評価が可能になります。

また、内部不正対策ポリシーや倫理規程の策定においても、これらの部門が共同で草案を作成し、レビューを行うことが重要です。情報システム部門は技術的な実行可能性や影響を、人事部門は従業員の理解や受け入れやすさを、法務部門は適法性を確認します。これにより、技術的に有効でありながら、従業員の倫理・尊厳を尊重し、法的に問題のないポリシーを策定できます。

2. 技術導入・運用フェーズにおける情報共有と合意形成

情報システム部門が新しい監視技術や分析ツール(例:UEBA)を導入する際、その技術が従業員のプライバシーにどのような影響を与えるか、どのようなデータが収集されるかといった情報は、人事部門や法務部門と事前に共有し、合意形成を図る必要があります。

また、技術的な検知結果(例:UEBAによる異常スコアの上昇)が出た場合、その後の対応(例:人事部門による面談、法務部門への相談)について、あらかじめ部門間の連携プロセスを定めておくことが重要です。技術的な検知が、即座に懲戒処分につながるのではなく、まずは状況把握や原因究明のために人事的なアプローチや法的な精査を行うといった手順を明確にします。

3. 従業員へのコミュニケーションと教育における連携

内部不正対策技術の導入は、従業員にとって監視されていると感じさせ、不信感や反発を招く可能性があります。これを回避し、従業員の信頼を維持するためには、透明性のあるコミュニケーションと継続的な教育が不可欠です。

情報システム部門は、導入した技術の目的(不正防止と企業資産保護のためであること)や、どのような情報が、どのように利用されるか(必要最小限の範囲であること、正当な理由なく個人のプライバシーを侵害しないことなど)について、技術的な側面を正確に説明する情報を提供します。

人事部門は、この技術情報を基に、従業員が理解しやすい言葉で、なぜこれらの対策が必要なのか、従業員はどのように行動すべきか(ポリシー遵守)、そして企業の倫理規程や通報窓口について教育を行います。法務部門は、コミュニケーション内容や教育資料が法的に適切であるかを確認します。

三部門が協力して、従業員に対して一貫性のあるメッセージを発信し、質疑応答の機会を設けることで、従業員の納得と協力を得やすくなります。

4. インシデント対応における連携体制

内部不正インシデントが発生した場合、迅速かつ適切な対応が求められます。情報システム部門は技術的な調査を進め、証拠を保全します。人事部門は関係者からの聞き取りや状況把握を行います。法務部門は法的責任の評価、外部機関への報告要否、今後の法的措置について判断します。

インシデント発生時には、これら三部門に加えて、広報、経営層なども含めた「インシデント対応チーム」を編成し、役割と責任、情報共有のルールを明確にしておくことが重要です。情報システム部門が収集した技術的な証拠は、人事的な対応や法的な手続きの重要な根拠となりますが、その情報の取り扱いには法的な制約や倫理的な配慮が伴います。例えば、技術的な調査で得られた情報を、法務部門の確認なしに人事評価に直接利用することや、関係者以外に安易に開示することは避けるべきです。

連携を成功させるためのポイント

まとめ

内部不正対策は、情報システム部門による高度な技術活用が不可欠である一方で、従業員の倫理・尊厳への配慮、法規制の遵守、そして健全な組織文化の醸成といった人間的・組織的な側面が成功の鍵を握ります。

情報システム部門、人事部門、法務部門がそれぞれの専門知識を結集し、リスク評価、ポリシー策定、技術導入・運用、インシデント対応、そして従業員へのコミュニケーションと教育といった各フェーズで緊密に連携することで、技術的な有効性を最大限に発揮しつつ、倫理的・法的な懸念を解消し、従業員の信頼を維持するバランスの取れた内部不正対策を構築・運用することが可能となります。

経営層は、これらの部門間の連携を積極的に支援し、組織全体で内部不正リスクに向き合う体制を整備することが、企業価値の向上と持続的な成長に不可欠であると言えます。